はじめに

何でブログを始めようかと思い至ったかというと

最近、TwitterやLINEにうんざりしてたから

もう、あれはコミュニケーションじゃないと思います。

2014年に初めてスマホを持って、とりあえず田舎者だったのでとにかくSNSを利用して外の世界を知ろうと3年。うん、そろそろもういいかなというカンジです。

とにかく向いてない。

 

もうその一言に尽きます。でもそういう物って割り切って最近は結構上手くやれているような気もするけど。しかし得るものもあるだろうし、沈黙するんだろうなぁと思います。

 

リルケの手紙に感動したのも要因と思われる。

 

何かの報道でやってたけど、最近の女子高生って大事な話をする時はグルチャじゃなくて直接会って話すのが主流らしいですね。もちろんグルチャもしてるんだけど、グルチャは本音を話せないからという理由。

 

技術を使っているのか、技術に使われているのか

 

なんとなくその子たちは直感で理解しているんでしょうね。

SNSは偽物である、と

 

まーどうでもいいですね。使いこなしている人には便利なモノなのでしょう

 

 

 

 

ブログそのものはかなり前にやってたけど、

伊藤計劃先生のブログをまとめた本が出て、それに脱帽してからは辞めました。

これくらいの知識が無いと書いてはいけないんだなぁと思って。

 

でもブログを読むのが好きなんですよね。

特に「本音」で書かれてるブログを読むのが、

 

大抵の書評って言ったら肯定的な意見ばっかりですよね。特に昨今のTwitterでは

リツイートされて来るものって殆どが、曇りの無い賞賛ばっかりで

 

本当にそれ全部、「本音」なの?って感じてしまいます

 

何かのコミュニティに入っている限り、集団に合わせた言動をしなければいけない訳でそれが大人としての度量だとは思うんですが、少々息苦しいなぁと思います

 

 

だって全部を肯定しなくてもいいと思うんです。例えば短編集だったら良い出来のモノと微妙な出来のモノ、悪い出来のモノが混ざっているのは当然だと思いますしね。

 

「あそこは良くないけど、全体的には良かった」「キャラ造形がわかりにくかった、最後のオチは良かった」とかそういう本音の感想を言う事が、作品を読んだ人間の、作者に対する礼儀じゃないかと思いますけどね。「クソつまらなかった」とかも

 

特にTwitterは自由でありながら公共の場という特性を持ったメディアなので、仕方無いと思うんですけどね。

 

 

 

 

それはともかく本音で書いてる人のブログは見てて気持ちいいです。

 

SF作品で最近、再販された「美亜に贈る真珠」というのがあります。

 

美亜へ贈る真珠 〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

美亜へ贈る真珠 〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

先に言うと俺自身、この話は全然面白いと思えませんでした

 

エマノンシリーズは結構好きです、梶尾真治先生のアンチではありません)

 

しかし、再販された際にはほとんど入ってくるレビューは絶賛の嵐でした。

 

そんな折に、下のブログをたまたま見つけて、

その言いたい放題でバッサリで痛快な評論に痺れたモノでした。

 

特に「時尼に関する覚え書」

 

自分もこのように確たる信念と矜持を持ち、読んだ人と痛快な「コミュニケーション」を取れるようなブログを書いていきたいと思います。